

天川は、当社商品「柿の葉すし」の発祥の地です。1978(昭和53)年春、天川の地の柿の葉すしを広く世に提供する志を抱いた創業者は、天川を探訪中に天河弁財天の宮司様とめぐり逢います。吉野のこと、天川のこと、柿の葉すしのこと、そして天の川をイメージした包装紙にまで話がめぐり、事業発展の祈願に及びました。これを機縁として生まれたのが、柿千の「柿の葉すし」です。同年12月に、さば・さけの2種類を揃え製造を開始、以後、伝統の製法に則りながら、本物のおいしさを追求し少しずつ改良を加えてまいまりした。1991(平成3)年には、現行のパッケージにリニューアル。今日に至るロングセラー商品として多くのお客様にご愛顧いただいております。
柿千歩みは、新商品開発の歩みです。1993(平成5)年、柿の葉すしに新しいバリエーションを加えた「元祖 さんまの柿の葉すし」を発売。翌1994(平成6)年、片身を丸ごと使用した「鯖と鮭の棒寿司」。1997(平成9)年、ラッピング寿司の「ひとくちすし」。1998年(平成10)年、手創り・無添加の「昔ながらのおむすび」を開発。そして2003(平成15)年には、斬新な発想の新しい大阪名物として「元祖たこむす」の開発に成功。マスコミにも多く取り上げられ、以後、買いたい大阪土産のランキングでつねに上位に位置しています。さらに同年、「天むす」「ひつまぶしすし」と矢継ぎ早にヒット商品を開発しました。
2005(平成17)年、「天むすいなり」「名古屋名物かしわすし」を発売。翌2006(平成18)年、「多幸の宝箱」を発売。この弁当は、「元祖たこむす」を中心に、たこのちらし寿司、たこの唐揚げなどのおかずを詰め合わせたもので、JR新大阪駅でご好評をいただいています。翌2007(平成19)年には、薄焼き卵で巻いた巻き寿司「金ノ延棒」を開発。つねに、お客様のニーズを先取りできるような商品づくりに挑戦し続けています。



あじみ屋は、1978(昭和53)年、現在の本社がある大阪府松原市で創業しました。お陰様で同年発売した「柿の葉すし」が美味いと評判をよび、翌1979(昭和54)年には西名阪道・東名阪道・伊勢自動車SA・PA、奈良公園の各販売所で委託販売を開始しました。
あじみ屋は、1978(昭和53)年に創業。お陰様で同年発売した「柿の葉すし」が美味しいと好評をいただき、翌1979(昭和54)年には西名阪道・東名阪道・伊勢自動車SA・PA、奈良公園の各販売所で委託販売を開始しました。
1980(昭和55)年、上野工場が操業開始し生産を増強、1982(昭和57)年には株式会社あじみ屋として法人設立し、販売ルートを広げてまいりました。
1980(昭和55)年大阪空港で販売開始し、翌1981(昭和56)年には阪急百貨店梅田本店に出店を果たします。また、1983(昭和57)年、和歌山県の近鉄百貨店、高島屋百貨店、大丸百貨店に出店。さらに、1985(昭和58)年には、新幹線車内のほかJR新大阪駅・京都駅でも販売開始し、旅行のお客様にもご愛顧いただけるようになりました。
以後、1989(平成元)年JR大阪駅、1994(平成6)年京都高島屋百貨店、1995(平成7)年名神高速道路・中国自動車道SA・PA、同年JR名古屋駅、1997(平成9)年JR京都伊勢丹、2001(平成13)年JR東京駅・大丸梅田店・大丸京都店、2007(平成19)年阪急百貨店西宮店、2010(平成22年)伊賀ドライブインに「柿の葉すしの館」オープンと、順調に販路を拡大し今日に至っております。
この間、生産設備も量的な拡大だけでなく、品質管理・衛生管理と環境浄化にいっそう力を注いでまいりました。1991(平成3)年、細菌検査室を本社に開設。当時、当社と同規模の食品会社で自社の細菌検査室を設置しているところはほとんどありませんでしたが、保存料無添加の理想を実現するためには必要という考え方から実施したものです。同年、水質汚濁防止法適合の水処理施設を設置。1996(平成8)年、柿の葉洗浄機器を開発。そして、2004(平成16)年、本社にクリーンルームを稼働させ、さらに日持ちのする食品を生産できる体制を整備しました。 さらに、2011(平成23)年中には、これまで以上にハイレベルなクリーンルームを備えた新工場(仕込蔵/仮称)を稼働させ、新商品の研究開発に取り組んでまいります。


「面白くて美味しい大阪の新しい名物がほしい」そうしたお客様の声に応えて、柿千が開発した自信作。和風だしが利いたモチモチ食感のたこ焼きを、みずみずしい伊賀米コシヒカリのおむすびにくるみ、有明産の高級海苔を巻きました。冷めてもモチモチで、ほどよいしょう油味がお米にしっくり。JR新大阪駅のお土産コーナーでも、常に人気上位を占めている大阪名物です。